風姿花伝第四、神儀云
 申楽神代の初まり
 仏在所には
 日本国に於ては
 平の都にしては
 当代に於て 📍

風姿花伝第五、奥儀云
 一 序・風姿花伝の謂れ
 二 和州・江州・田楽の風体
 三 一座建立の寿福・衆人の愛敬
 四 寿福増長に対する戒

風姿花伝第六、花修云
 一 能の本を書く事
 二 作者の思ひ分くべき事
 三 強き・幽玄・弱き・荒きの別
 四 能と為手の位との相応

花伝書別紙口伝
 一 花を知る事
 二 細かなる口伝
 三 物真似に似せぬ位
 四 能に十体を得べき事
 五 能によろづ用心を持つべき事
 六 秘する花を知る事
 七 因果の花を知る事
 八 能の善き悪き
 九 一代一人の相伝

 

 

 

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風姿花伝第四、神儀云 当代に於て

一、当代において、南都興福寺の維摩会に、講堂にて法味を行い給折節、食堂にて舞延年あり。外道をやはらげ、魔縁をしづむ。その間に、講堂前にて、彼御経を講給。すなはち祇園精舎の吉例也。然ば、大和国春日興福寺神事おこなひとて、二月二日、同五日、宮寺において、四座の申楽、一年中の御神事初也。天下泰平の御祈禱也。

一、大和国春日御神事相随申楽四座、外山、結崎、坂戸、円満井、

一、江州日吉御神事相随申楽三座、山階、下坂、比叡、

一、伊勢、主司、二座、

一、法勝寺御修正参勤申楽三座、新座、本座、法成寺、此三座、同賀茂住吉御神事にも相随。

 

〔口訳〕 当代に於ては、奈良興福寺の維摩会に、講堂で仏事を行はれる際に、食堂で舞延年がある。それによつて、外道の者を和らげ、魔縁をしづめるのであつて、その間に、講堂前に於て、維摩経を講ぜられるのである。これ即ち祇園精舎の吉例によるのである。かやうなわけで、大和国春日興福寺の神事行ひといつて、二月二日と同五日とに春日社興福寺に於て、四座の申楽が行はれるのが、一年中の御神事始である。これは天下泰平の御祈禱である。

 

〔評〕 この神儀篇は、文字や文意の上では、さして難解のものではない。又書かれて居る事が、猿楽者流の家に伝はる伝説の記述であるから、能楽論といふべきものではない。従つて「評」を書くにも及ばないかと思ふ。それで、この神儀篇について、想ひ附きを書いて、責を塞がうと思ふ。

 神代の岩戸隠れの故事は、神楽の起原として、楽家の方では重大に取扱つて居り、大ていの楽書には皆この記事がある。神儀篇に、先づ神代の神楽を説き出したのは、これ等の楽書なり又楽人の伝誦なりに倣つたものであらうが、又一面に、猿楽者流が神職であるといふ観念を持つて居たことも、与かる所が大であると思ふ。同じく法師形をして居ても、猿楽と田楽とは大分と世上の扱ひが異り、猿楽の方は、神事に於ては、神官扱ひのものとなつて居た消息が、鎌倉時代の住吉大神宮諸事次第の中にも見られる。(田楽は僧家の扱ふものと記されてゐる)。又興福寺の天満宮、東大寺の八幡宮、薬師寺の八幡宮、その他日吉神社、住吉神社、春日神社等の神事には、猿楽はなくてはならぬものの如くになつて居る。かやうな神事に従事する習慣から、猿楽者流は神職であるといふやうな考を抱くに到つたものであらう。因に言ふが、田楽や猿楽が法師形をして居るのは、平安時代以来の伝統の然らしめたところで、別に仏法帰依の立場から法師になつたものではなかつたのである。円頂の神職といふと今日では矛盾滑稽を感じるが、世阿弥の時代には少しも奇異には感じなかつた時代である。神職といふ語も、神に仕へる職といふほどの意で、禰宜や祝主や神主といふ意ではないのである。

 印度の祇園精舎の出来事を持ち出したのは、神代の故事に対して、天竺の歌舞の始めといふ意味からであらうが、興福寺維摩会の延年の伝説などとも、関係がありさうである。楽書などにもよく仏教的説話が引かれてゐるから、別にあやしむにも足りないであらう。勿論、神儀篇にあるやうな事実があつたとは信じ難いが、伝説として見ると中々興味がある。

 第三に、秦河勝の奇瑞が記されて居るのは、大和猿楽者の間では、猿楽の祖は、河勝であるといふ信仰があつたに依る。これは談儀にも記されて居て、当時は疑なき事と信じられて居たと思はれる。書紀や上宮聖徳法王帝説を見ても、河勝の名は見えるが、河勝が舞を奏したなどといふ事は勿論記されてゐない。又河勝が長谷から流れた壺の中に居たといふのも、面白い伝説で、これは多分長谷と猿楽との関係が深い時代に生れたものかと思ふ。又、帝の夢に、孩子があらはれて、秦の始皇の再誕だと申し上げたといふのは、多分日本書紀欽明天皇の条にある秦大津父を天皇が夢の告で御登用になられたといふことが、河勝伝説に附会せられたものであらう。書紀には

天皇幼き時、夢に人ありて云く、天皇、秦大津父といふ者を寵愛たまはば、壮大に及びて、必ず天の下を有さむと、寤驚たまひて、使を遣して普く求めしめ給ひしに、山背国紀伊郡深草の里より得つ。姓字果して夢なはししが如し。是に於て、忻喜給ふこと身に遍ちて、未曽夢と歎めたまふ。……仍ち近に侍らしめて、あつく寵みたまふこと日に新なり。大に饒富を致せり。践祚に至るに及びて、大蔵省に拝け給ふ。……秦人漢人等の諸蕃の投化ける者を召し集へて、国郡に安置しめ、戸籍に編貫く。秦人の戸数すべて七千五十三戸なり。大蔵掾を以て秦伴造となす。

と記されてゐる。河勝については、かやうな伝説は無い。その他の伝説的奇談も面白いものであるが、勿論信じられないものである。

 村上天皇の御代を平安京猿楽の一エポツクとし、秦氏安を点出したのは、どうしても、本朝文粋に載せられて居る、村上帝の散楽策問と、散楽得業生正六位上行兼腋陣吉上秦宿禰氏安対策とが暗示となつて、かやうな伝説が生れたものとしか考へられない。秦氏安が河勝の遠孫云々も、そのままには信じ難い。何しろ河勝より以前の大津父の時代に、我国に帰化して居た秦氏は七千五十三戸もあつたといふのであるから、その何れかの子孫ではあらうが、河勝云々はやや疑問であらう。素直に考へれば、音楽の方に関係のある秦氏(これは延暦年中に既に六十余人もあつたといふことが、叡山文庫の叡岳要記に古書を引いて書かれてゐる)で、近衛官人を音楽歌舞に堪能なものから簡抜せられた仁明帝以後の慣習によつて、近衛官人となつた秦氏の中に、氏安なるものが存在したと見る方が無難であらう。紀権守といふ人物は申楽談儀によると、近江申楽の元祖とせられてゐるやうであるが、それを、氏安の妹婿としたなどは微苦笑させられる。談儀には「時代よくよく尋ぬべし」といふ註記が加へられてゐるのである。

 六十六番をつづめて三番にしたといふのも、面白い伝説ではある。但し、「稲積の翁、世継翁、父尉」の三番といふのは、有名な天台座主忠尋が大治元年に書いたといふ法華五部書の中の、「父尉は仏をかたどり、翁は文珠をかたどり、三番は弥勒をかたどる」といふのに大体合致する。翁は稲積翁、三番は世継翁、父尉に相当するから、かやうな三番形式の老翁祝禱の歌舞は、平安時代後期にはすでに成立してゐたものであつたことが理会される。六十六番といふのはわからない。

 当代の記述に於て、維摩会を持ち出して居るが、これによると、僧侶の延年と猿楽との間に、交渉のあつた事を思はせるものがある。古くは、三番猿楽の翁は維摩会に集る高僧等が「真俗二諦悉く妄法であり、十界六道の実体なき事」を示さんが為に作つたものであるといふ記事が法華五部書に記されて居り、僧徒の延年に猿楽が行はれたことも鎌倉初期の記録に見えるから、さうした歴史がこの伝説の中に加はつてゐるかと思ふ。又薪能は、興福寺の修二月会に於て催されるものであり、呪師猿楽が古い時代からこれに参勤して居り、大和猿楽の発達上からは、非常に重大なものであつたから、維摩会と並べあげたものであらう。修二月会が、天下太平の御祈禱であるから、それに出勤する猿楽の演伎も、天下太平の御祈禱のものであるといふ考が、猿楽者流の中に行はれて居たものと思ふのである。

 最後に、猿楽の座をあげてゐる点に一応説明を加へて置かう。外山は大和磯城郡の長谷に近い所の地名。結崎は川西村の地名、坂戸は法隆寺の西方龍田の西方にある立野近傍の古い地名である。外山は宝生、結崎は観世、坂戸は金剛の座のあつた所である。円満井については、未だ定説と見るべきものが定まつて居ないやうであるが、金春座をさす事だけは明かである。

 近江の三座については、世阿弥の申楽談儀に詳しい説明があるから省く。

 伊勢の主司といふのは、呪師の宛字であり、呪師二座は、和屋と刈田との二座をさしてゐる。これについては、荒木田楠千代氏が雑誌皇学一巻五号、二巻一号に詳しい研究を示されて居る。

 新座は摂津の榎並、本座は丹波の矢田、法成寺は摂津三島郡の宿に存在した猿楽である。宗節本の傍註に、本座を河内国として居るのは従ひ難いものである。これ等は、法勝寺の修正月会や、賀茂の御手代祭、住吉の御田殖祭等に出勤した猿楽である。これ等の詳細な事は、能楽史の方面に関するので、省略し度い。

 尚、吉田東伍博士が神儀篇を後世の偽書であると断ぜられたこと、それに対して、佐成謙太郎氏が反対の意見を御発表になつてゐられること等、興味ある問題があるが、ここではそれも省略させて頂いて、甚だ簡単であるが、これで神儀篇の評註を終ることとし度い。

 

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