風姿花伝第四、神儀云
 申楽神代の初まり
 仏在所には
 日本国に於ては 📍
 平の都にしては
 当代に於て

風姿花伝第五、奥儀云
 一 序・風姿花伝の謂れ
 二 和州・江州・田楽の風体
 三 一座建立の寿福・衆人の愛敬
 四 寿福増長に対する戒

風姿花伝第六、花修云
 一 能の本を書く事
 二 作者の思ひ分くべき事
 三 強き・幽玄・弱き・荒きの別
 四 能と為手の位との相応

花伝書別紙口伝
 一 花を知る事
 二 細かなる口伝
 三 物真似に似せぬ位
 四 能に十体を得べき事
 五 能によろづ用心を持つべき事
 六 秘する花を知る事
 七 因果の花を知る事
 八 能の善き悪き
 九 一代一人の相伝

 

 

 

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風姿花伝第四、神儀云 日本国に於ては

一、日本国に於いては、欽明天皇の御宇に、大和国泊瀬の河に、洪水の折節、河上より一の壺流れ下る。三輪の杉の鳥居のほとりにて、雲客此壺を採る。中に孩あり。容柔和にして玉のごとし。是降り人なるがゆえに、内裏に奏聞す。其夜、御門の御夢に、孩の曰く、「我はこれ、大国秦の始皇のさんなんなり。日域に機縁ありて今、現在すと云々」。御門奇特に思し召し、殿上に召さる。成人に従ひて、才智人に超て、年十五にて、大臣の位に上る。秦の姓を下さる。秦といふ文字「はた」なるが故に、秦河勝是なり。上宮太子、天下少し障りありし時、神代、仏在所の吉例に任て、六十六番の物真似を、彼河勝に仰せて、同じく六十六番の面を御作にて、即河勝に与へたまふ。橘の内裏の紫宸殿にてこれを勤む。天下治まり国静かなり。上宮太子、末代の為、神楽なりしを、神といふ字の片を除けて、旁を残し給ふ。これ暦の申なるが故に、申楽と名附。則楽しみを申によりてなり。又は、神楽を分くればなり。

彼河勝、欽明・敏達・用明・崇峻・推古・上宮太子に仕へ奉り、この芸をば子孫に伝へて、化人跡を留めぬに依りて、摂津国難波の浦より、刳木船にのりて、風に任せて西海に出づ。播磨国、坂越の浦に着く。浦人舟をあけて見れば、形人間に変はれり。諸人に憑き祟りて奇瑞をなす、則神と崇めて国豊也。大きに荒るゝと書きて大荒大明神と名附く、今の代に霊験あらたなり。本地毘沙門天王にてまします。上宮太子、守屋の逆臣を平らげ給し時も、かの河勝が神通方便の手にかゝりて、守屋はうせぬと、云々。

 

〔口訳〕 日本国に於ては、欽明天皇の御代に、大和国泊瀬川に洪水があつた際に、河上から一つの壺が流れ下つた。それを、三輪の杉の鳥居のあたりで、殿上人が拾ひ上げた。見ると中に嬰児がゐる。其の容貌誠に柔和で玉の如き児であつた。これは天降つた者だといふので、禁裏へ此由を申上げた。其の夜、天皇の御夢にこの嬰児があらはれて申上るには「私は支那の秦の始皇帝の三男(再誕――宗本)である。日本国に機縁があつて、今ここに現はれたのだ」といつた。天皇は奇異なことだと御考へになり、宮中へ御召しになられた。この児は、成人するに従つて、才智抜群で、年十五歳で大臣の位に昇つた。帝からは秦といふ姓を下された。秦といふ字は、であるから、秦河勝がこれである。聖徳太子の御頃に天下に少し障りがあつた際、太子は神代や天竺に於ける吉例に従つて、六十六番の物真似をするやうに河勝に御下命になり、又六十六番の面を御自作になつて、河勝に御授けなされた。河勝はその物真似を橘の内裏の紫宸殿に於て勤めた所、天下が治まり国土安穏となつた。そこで、聖徳太子は後世の為にこれを伝へられ、元来は神楽であつたのを、神といふ字の偏を除いて、旁を残して申楽とせられた。申の字は暦の方でいふと申であるから、申楽(さるがく)と名付けられた。これは「楽を申す」といふ義でもあり、又、神楽を分けた(偏と旁とを分けた)ことにも依るのである。

 河勝は欽明・敏達・用明・崇峻・推古の帝から上宮太子にまで歴仕し、この申楽の芸をば子孫に伝へ、自分は「化人跡を留めぬ」といふわけで、摂津国難波の浦からうつぼ船に乗つて風のまにまに西海へと赴いた。そして播磨国の坂越の海岸に漂着した。浦人が不審に思つて、その船をあけて見ると、普通の人間とは変つた物が居り、それがその地方の人々に憑き祟つて、様々の奇瑞を示した。そこで浦人はこれを恐れ、神として崇め祭つた所、国土が大に豊かになつた。大に荒れる神と書いて、大荒大明神と名を呼んだ。この神は現在までも霊験のあらたかな神である。この神の本地は毘沙門天王である。聖徳太子が逆臣守屋を御退治になられた時も、彼の河勝の神通力の方便にかかつて、守屋は討たれたのだといふ話である。

 

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