〔評〕 此の段も、花を咲かせる為の一つの方法として、身と心の持ちやうに関する秘事をつたへようとしてゐる。普通であれば、忿怒の物真似を演じる時には、身も心も共に忿怒の様相にならねばならぬものの如くに考へ易い。殊に、「演者は先づ扮する人物の精神状態になり切つて、その精神で演伎しなければならない」などといふ近代的な演出論に於ては、怒れる物真似ならば、演者も心に忿怒を感じてせよといふ教となつてゐる。然るに、世阿弥は、それと全く反対の立場にゐる。忿怒の物真似を演じても、心の中には柔和な心を持つ事を忘れるなといふのである。そして、これは、「如何に怒るとも、荒かるまじき」手段であると説き、更に進んでは、ここに珍らしさの生れる理由が存し、花の咲く理が存するとまで断言してゐる。これなど、世阿弥の精神には、後世の所謂「腹芸」などといふ考方より以上のものが存したことを、有力に物語るものであらうと思ふ。幽玄の物真似に、強き心を持つといふのも、同様の理由である。如何に柔和に演じても、決して「弱き能」にならないが為の用心である。次に身を使ふ際の用心として、身を強く動す時には足踏をゆるくするとか、足踏を強くふむ時には身を静かに持つなどといふのも、其の根本理由は同様で、強く演じても荒くならない為の用心であり、延いては、花を咲かせんが為の心づかひである。
尚、宗節本に「是は花習の題目にくはしく見えたり」とある註記は、花習の中に、「強身動宥足踏、強足踏宥身動」といふ条目があつて、その中に、これが細説せられてゐるといふことを示したものである。花習といふ書は、花鏡の前身とも見るべきもので、その中には、題目六ケ条・事書八ケ条がふくまれて居たもので、応永二十五年二月には、出来上つて居た伝書である。それに事書五ケ条を添へて、題目六ケ条事書十二ケ条としたものが、現存の花鏡である。花鏡の中にも、この事項の説かれてゐることは、二曲三体絵図の力動風の条に「花鏡云、身強動足宥踏、足強踏身宥動」とあることによつて明かである。