〔評〕 この段は
問答条々の終結であり、又同時に、
年来稽古条々・
物学条々・
問答条々の三つを含めての結尾の段である。そこで言はんと欲する所は「花の重大性」である。「能に花を知る事、この条々を見るに無上第一なり、肝要なり」といふ問者の言、「此道の奥儀をきわむる所なるべし、一大事とも秘事とも、ただこの一道なり」といふ答者の肯定、何れも如何に「花」が重大であり肝要であり無上第一であるかを力強く示して居る。花伝書一篇は、この
花を伝へんが為に記されたものである。
花を得るか得ないかは、一座の興廃は勿論、能楽全体の死活盛衰を決定するところのものである。一大事視せざるを得ない事情はここにある。「一大事」の語は禅よりの語である。「死ぬか活きるか」の場合に用ひられる語である。我々は軽々にこれを看過してはならない。生死の巌頭に立つた際の厳粛さを以て味ははねばならぬ。
かく重大な花といふものに対して、如何なるものが花であるか、その本質はどこにあるかとは、何人といへども知り究め度くなるのが人情である。「又々不審なり、是何として心得べきや」といふ質問が出るのが当然である。これに対して世阿弥は、「先づ大方、稽古物まねの条々に精しく見えたり」といふ。それは今まで説いた所にくはしく説明してあると一喝を下した。そしてわざより出で来る花は必ず散り失せる、真の花は生涯散り失せないといふ事をくり返し述べ、真の花については、別紙口伝にあるかも知れないと幽かに匂はせた言ひぶりをしてゐる。かやうに鰻の香を嗅がされては、何人も別紙口伝一見の希望を起すに相違ない。しかし、世阿弥は決して直ちに秘事を明かさうとはしない。時期の到るを待つて居る。時期到れば、自悟自証出来るものであり、時期到らざれば、伝へても無益であるからである。彼は「先づ七歳よりこのかた年来稽古の条々、物まねの品々を、よくよく心中にあてて分ち覚えて、能をつくし、工夫を極めて後、此の花の失せぬところをば知るべし」といふ。又実際、この正道を踏まなくては、花は得られないものなのである。
「この物数を究むる心、則ち花の種なるべし」。世阿弥は先づ花の種が如何なるものであるかをのべる。「花を知らんと思はば、先づ種を知るべし」といふ。そして、最後に、最も含蓄ある暗示として、「花は心、種は態なるべし」といふ一語を下した。大がいこれで悟れといふ気合である。
最後の慧能大師の偈文の引用は、世阿弥の考察のしかたや、修行法に、禅の影響の多い事を物語る資料である。この方面については、「無所住と一行三昧」といふ小稿(国語教室、昭和十年五月号)で少しばかり論じておいた。