風姿花伝第四、神儀云
 申楽神代の初まり
 仏在所には
 日本国に於ては
 平の都にしては
 当代に於て

風姿花伝第五、奥儀云
 一 序・風姿花伝の謂れ
 二 和州・江州・田楽の風体
 三 一座建立の寿福・衆人の愛敬
 四 寿福増長に対する戒

風姿花伝第六、花修云
 一 能の本を書く事
 二 作者の思ひ分くべき事
 三 強き・幽玄・弱き・荒きの別
 四 能と為手の位との相応

花伝書別紙口伝
 一 花を知る事
 二 細かなる口伝
 三 物真似に似せぬ位
 四 能に十体を得べき事
 五 能によろづ用心を持つべき事
 六 秘する花を知る事
 七 因果の花を知る事
 八 能の善き悪き
 九 一代一人の相伝

 

 

 

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風姿花伝第一、年来稽古条々 十二三より

此年の比よりは、早漸う声も調子にかゝり、心附く比なれば、次第々々に物数をも教ふべし。先童形なれば、何と為たるも幽玄なり。声も立つ頃なり。此の便りあれば、悪き事は隠れ、善き事は愈花めけり。大方、児の猿楽に、さのみに細かなる物真似なむどは、為さすべからず。当座も似あはず、能も上がらぬ相なり。但し、堪能に成ぬれば、何としたるも善かるべし。児といひ、声といひ、しかも上手ならば、何かは悪かるべき。

さりながら、この花は真の花にはあらず、ただ時分の花也。されば、此時分の稽古、総て〳〵易きなり。さる程に、一期の能の定めは成るまじき也。この比の稽古、易き所を花に当てゝ、伎をば大事にすべし。働きをも確やかに、音曲をも文字にさわ〳〵と当たり、舞をも手を定めて、大事に稽古すべし。

 

〔口訳〕 此の年の頃からは、漸く声も調子に合ふやうになり、能についてもわきまへが出来るやうになるから、次第々々に能の番数をも教へるが良い。此の年頃では、先づ第一に、可愛いい児姿であるから、何をやらせても幽玄である。又声も美しく引き立つ時代である。この優姿美声といふ好都合な所があるから、悪い所は隠れ、善い事は一層立派に引立つて見える。概して、子供の猿楽に於ては、あまり手の込んだ細かい物真似などは、させてはいけない。さういふものは、見た所も不似合であり、能も上達しない相である。しかし、本当に堪能になつたのならば、何をやつても好いであらう。美しい児姿で、声も美しく、しかも芸が上手であるならば、どうして成功しないといふ事があらう。

 しかし、此の芸の立派さ面白さは、真の花とはいへない。これはただ時分の花(年齢のために自然に生れた立派さ)に過ぎない。で、此の十一二歳頃の稽古といふものは、一体に容易なものである。従つて、此の時代に如何に芸が立派でも、それを以て、其者一生涯の伎倆を卜定する事は出来ないものである。此の時代の稽古に於ては、その者の演じ易い所を美しい見せ場とし、伎をば十分に大事にしなければならぬ。働きなども確実にしつかりと稽古し、音曲なども文句にはつきりと当り、舞をも型を厳守して、疎略に流れぬやう念入りに稽古すべきである。

 

〔評〕 此の章の内容は四段に分ち得る。先づ童形で美声であるから、花めく時代であるといふ事。第二に、あまり細かい物真似をさせるべきでないといふこと。但し出来るならば、無理に抑制せずして、自然の発露にまかせて良い。第三に、如何に此の時代に巧妙であり立派でも、それは未だ一時の花であり、従つて、将来を卜定するには足りぬものであること。第四に、此の時代の稽古の要領は、容易な芸で花を咲かせ、一面に、謡・舞・働きに於ては、確実に楷書的に、念入りに稽古すべき事を説いて居るのである。

 世阿弥の時代に於ては、稚児愛翫の風習の相当に盛んな時代であつた。美しい稚児姿の舞や、可愛いい声の謡には、感涙を流して嬉しがつた時代である。当時の僧侶の日録などを見ると、かやうな記事に屢〻遭遇する。さうした時代を考へてこの文をよむべきである。又、児でありながら、物真似なども巧みであると、往々非常な天才児あつかひをせられるものである。これは古も今も同様であるが、世阿弥等は、これを一時的なものと見抜いて、時分の花に過ぎぬと喝破してゐる。これは、遊楽習道見風書の第一段に、更に詳細に説かれてゐる。心すべき所である。

 稽古に於ては、基礎を正確に念入りにやるべき事を教へ、見物の賞翫はその児の得手で容易な方面でつないで置いて、一面に、正確な基礎的訓練をつむべき事を注意してゐる。実に周到な心づかひである。

 

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